このフースラーの著書は、もともとフースラーの文体が哲学的で難しいのかもしれませんが、声楽的に正確な意味での日本語訳にこだわったせいなのか(要するにそれは万人に読みやすいように意訳しなかったという意味ですが)、私には意味がよくわからない部分が多いです。
もっとわかりやすく、誰もが理解できるように書くことができるのではないかと思いますが、わかりにくいからこそ、能動的に読み込む必要があって、そういう意味では教育的な意味があるのかもしれません。
ここでフースラーが言っていることは、美しい発声というのは、私たちが本来持って生まれた当然の資質であるということなのでしょう。
私が、この著書で一番重要だと思うのは、解剖学的な説明よりも、その根本的な思想(人間観)の部分です。
フースラーは、人間というのは本来、美しい声を持って生まれてきている、と言っているのだと思います。
ですから、ボイストレーニングで重要なのは、本来持っている美しい声を妨げるような要因を解除していくことであって、美しい声をゼロから作り上げていくことではない、ということなのだと思います。
これは、似ているようですが、根本的な考え方の部分で大きく違うのです。
ないものを作り上げるということと、本来持っているものを引き出すというのは、全然違うことなのです。
最初は微妙な差異しかありませんが、後で大きく変わってきます。
ですから、最初の段階で、作り上げるのではなくて、引き出すという意識を持っておくことが大切なのだと思います。
これはボイストレーニングだけではなく、人間の能力の全てにおいて言えることだと私は思います。
しかしながら,同じ資料にある他の文章は,発声訓練教師に危険な実験をさせるように,誤り導くかもしれない恐れがある:
「声を作るのに役立つ器官は……初めから音声以外の生理機能をもっている」。
「発声は二次的な機能的適応であって,発声のためにあらかじめ用意されたのでない器官に,多少とも突然に無理強いさせられたものである」。
話をする過程が,かつては無理強いされた機能的適応であったということは,もちろんよくわかっている概念である。しかし,喉頭そのものも,声を作り出すために初めから用意されたものでなかったという言いあらわし方は,この「初め」という意味が,人類がまだ地球上に現われる以前という,無限に長い時代にまでさかのぼることを意味しているので,正確ではあるが意味がない(もしわれわれが進化という見地から考えるとするのであれば―彼が最後に人間となったより以前に,太古の時代において,常に変化する目的に合わせる必要から,設計と変更を何度もくり返さなければならなかった過渡期を通じて,彼にいったい何がおこったというのだろうう?)。
われわれは現在ある人間,現在到達した時点において安定している人間だけに関係をもつことができるのだ。
声を出す機構が,もって生れたしくみによって,考えることなしに組み立てられ得るという事実は,前記の他のかずかずの機能的過程を果しているそれぞれの機構と同じく,まさに生得のものであるということを意味するだけである。それらの過程とは,すべて同様に,きわめて可動的・可変的な,器官と筋肉の集団の中から作り出される。
このこと以外に,いわゆる「自然歌手」が,まれではあるが出現することを説明できるものは何もない。
この「自然歌手」とは,一度も「習う」ことなしに,まさに最初から完璧に歌う人をいう。
このような顕著な声楽的なたしなみは,すべて偶然によるだけだと信じる人はいないことは確かだろう。
歌うことのなかには,生理的に正しいことがあり,それだからこそ生理的に誤っていることもあるのだ。
もし歌うことが,自然の設計したものの中のひとつでないとすれば,明らかな不可能性しかないはずだ。
なおまたそれは,発声訓練教師が,その仕事を成功させるためには,無視することのできない事実なのだ。
発声器官全体にわたって,ある特有の運動のリズムがあらわれ出たときに,何が起り得るか(ただし,その自称歌手would-be singer 〔歌手になろうとする人〕の反応がかなりよい場合に)を目撃したか,あるいは自ら経験した人はだれでも,われわれの論旨をうけ入れるのにそう困難を感じないだろう。
そのとき起ることというのは,ばらばらに分れていた発声器官の部分部分が一瞬にして統合され,いわば自然にその機構にあらかじめ定められていた機能的な形にかわり,根本的なまとまりをもち,歌声の真の美を自動的に作り出す(このような問題の研究は,解剖についての研究とは別に,生きており動いている実験被験者について,その人がしだいに開放され「錠をあけられる」過程を経験するのにつれて,行なう以外に方法がないことは言うまでもない。
そうでなければ研究対象は現われないだろうし,運動させなければ研究対象は存在しない)。
(出典:「うたうこと」フレデリック・フースラー著 音楽之友社刊)
![]() | うたうこと 発声器官の肉体的特質―歌声のひみつを解くかぎ 6,480円 Amazon |